2004年、そのリクエストは唐突に昴珈琲店にもたらされた。ご依頼のアーティストはhide。稀代のロックミュージシャンとして海外にもその名を知られ、モンスターバンド、X JAPANのギタリストとしてもあまりにも有名でありながら、1998年永眠。『楽曲は「HURRY GO ROUND」、横須賀市で予定されている彼の七回忌の会葬返礼品として、彼が愛してやまなかった「日本のコーヒー」を、やすらぎとともに ご会葬いただいた方々にお配りしたいのです』正直、膝が震えた。hideだと?しかも楽曲「HURRY GO ROUND」をコーヒーのフレーバーでトリビュート…だと? でも、なんでこんな田舎のコーヒー屋に?私の頭の中は「???」で溢れていた。『どうしても昴珈琲店さん、細野さんにお願いしたい』オフィスの方は譲らない。『全てお任せします』疑問符だらけの混乱、しかし同時に私の感覚は早くも「HURRY GO ROUND」の風味のイメージを想像、創造し始めていた。
彼の愛した「日本のコーヒー」はhide’s coffee HURRY GO ROUND創造に於いて、大変大きなキーワードとなった。「おもちゃ箱をひっくり返したような」形容されるhideの楽曲群の中で「HURRY GO ROUND」は儚ささえ感じるほどの優しさを持つ。ブラジル産プレミアム・ナチュラルコーヒーを軸にすることが最善であると直感が走り、生産エリアのリサーチ、サンプルの収集を開始する。世界最大のコーヒー生産国であるブラジルは、同時に永年にわたり我が国への輸入量も最大を誇り、日本人に最もなじみがあり、懐の深い、しかし、素直な風味を持ち味としたコーヒーである。ブラジル産のシングルオリジンを基本にしつつ、ローストレンジ、すなわち焙煎度合の幅を異例ともいえる5段階に設定後、ミキシングを行う。
完成した「HURRY GO ROUND」は無事、七回忌法要にて配布され、同会場で X JAPANリーダーのYOSHIKIさんにもご挨拶できた。「hideはコーヒーが好きだったから、本当に喜んでいると思います。細野さん、本当にありがとうございます!」YOSHIKIさんにそう声を掛けていただき、私はようやく大きな肩の荷を下ろすことができた。
が、配布された関係者の方たちから「もう一度、HURRY GO ROUNDを味わいたい」とのご要望が多発することになった。これが昴珈琲店での期間限定イベントWeek of hide の開催ソースとなった。
2010年、私は東京・築地本願寺で執り行われるhide十三回忌法要に関係者として参列していた。抜けるような五月の青空のもと、3万5,000人にも及ぶ参列者は築地本願寺を取り囲み、遠く隅田川にまでその列は続いていた。没後、彼のファンになったという多くの若い方たちが目立つ。十三回忌法要に際し、私は「2曲目」となる会葬返礼品創造のご依頼を受けていた。楽曲は「Pink Spider」。前曲とは異なり、ヘヴィなボリュームに溢れ、エッジの鋭さが印象的だが、重ねられる音はある種のキャッチーなインパクトを聴く者に与える。ブラジル同様、わが国のコーヒーシーンに多大な影響を永年与え続けている、コーヒー王国コロンビア。同国「MAMS」エリアを中心にリサーチし、当然、ローストレンジを変化させ、インドネシア・スマトラ、特にリントン地区のアラビカを重ね合わせて、楽曲が持つリッチなビター感、切れの良いアフターテイストを実現した。返礼品として大切に手渡される「Pink Spider」、そして途切れることなく続くファンの方たちの長い列を見ながら、私はなぜか「hideは亡くなってなんかいない」と不思議な気持ちになっていた。
そして、2018年。彼が空へ旅立ってから20年、「3曲目」のリクエストが届いた。「hideを後世に、未来に語り継ぎたい」何度も繰り返される言葉には「夢と自由」が込められる。創造には毎回、極度の緊張が付きまとい、私がそれに慣れることはない。完成は、桜が咲き始める頃だった。彼の楽曲と、日本のコーヒーの香りが春の空に溶けていく。私はひとり「ever free」を口ずさむ。
2005年に始まった「Week of hide」は、多くのファンの皆様、関係者の皆様の温かい力添えがあって、毎春、回を重ね、20回目の開催を迎えた2024年春、新たに「DICE」「TELL ME」も完成した。これからも一杯のコーヒーに宿るチカラを信じて、いつまでも色褪せないコーヒー屋でいたいと思う。
彼が遺した「楽曲」のように。
60thアニバーサリープロジェクトの一環として4曲目となるhideさんの楽曲をトリビュート。
60thアニバーサリープロジェクトの一環として5曲目となるhideさんの楽曲をトリビュート。